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| B.C.2200年 |
ロドイの岩壁に鯨の絵。 |
| 2000年 |
ギリシャの伝説に鯨やイルカが登場。 |
| 1200年 |
クレタ島ソノッソス宮殿にイルカの壁画。 |
| A.D.1000〜1100年 |
熊野・伊勢・尾張では、セミ・ザトウ等の大型鯨は単発的に、ゴンドウ等の小型鯨はそれ以前から捕られていた。 |
| 700年ごろ |
古事記(神武天皇に鯨肉を奉った話)に鯨が登場。
日本書紀に鯨についての解釈が記述。
万葉集に12首「いさなとり(鯨とり)」が海、浜の枕言葉として使われる。 |
| 1000年 |
バスク人がビスケー湾で捕鯨。 |
1606年
(慶長11年) |
太地で和田忠兵衛頼元が刺手組を組織し、捕鯨は急速に発展した。
 
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| 1611年 |
イギリスが北極海で捕鯨を始める。 |
1675年
(延宝3年) |
太地で和田角右衛門頼治(のちの太地角右エ門)が網取法を考案して大いに成果をあげ、五組の刺手組を鯨方一本に改めた。(太地家所有古文書によれば、1677年(延宝5年)開始とある。) |
1677年
(延宝5年) |
太地鯨方は鯨肉を朝廷及び幕府に献ずる。 |
1683年
(天和3年) |
和田角右衛門頼治は、土佐津呂に網取法を伝授、その功績により太地姓を授けられた。 |
1758年
(宝暦8年) |
和歌山の薬種商梶取屋次右衛門が大阪で「鯨志」(図1)を著述刊行する。 |
| 1825年 |
外国捕鯨船団が日本近海で操業。(735隻) |
| 1845年 |
メルビルの「白鯨」の時代。 |
1853年
(嘉永6年) |
ペリー提督、アメリカの捕鯨船員の保護と食料、飲料水の確保のため幕府に開国を迫る。 |
| 1863年 |
ノルウェーで捕鯨砲が開発される。 |
1878年
(明治11年) |
12月24日、太地鯨方は鯨捕獲作業中、大暴風雨に遭遇し全滅、網取式捕鯨は衰退した。この遭難事件を「セミ流れ事件」として今も伝えられている。 |
1901年
(明治34年) |
南氷洋で鯨が発見される。 |
1902年
(明治35年) |
太地でナガスクジラを初めて捕獲。(ボンブランス銛) |
1904年
(明治37年) |
太地の人、前田兼蔵が連発銃を発明。改良型は1970年代まで使用した。(館内展示)
南氷洋で捕鯨工船操業。 |
1917年
(大正6年) |
第一次世界大戦で油脂欠乏。 |
1934年
(昭和9年) |
日本、南氷洋捕鯨母船、図南丸が初めて出漁する。 |
1936年
(昭和11年) |
セミクジラの捕獲禁止。 |
1941年
(昭和16年) |
第二次世界大戦で、捕鯨を中止する。 |
1945年
(昭和20年) |
戦後、小型沿岸捕鯨を再開。太地でも16隻が操業へ。 |
1946年
(昭和21年) |
国際捕鯨取締条約が締結、南氷洋での捕獲が1万6千頭に規制される。
二船団で南氷洋捕鯨再開、小笠原母船式捕鯨開始。 |
1949年
(昭和24年) |
IWC(国際捕鯨委員会)第1回会議。 |
1951年
(昭和26年) |
日本がIWCに加盟。 |
1954年
(昭和29年) |
北大西洋でザトウクジラの捕獲禁止。 |
1955年
(昭和30年) |
北大西洋でシロナガスクジラの捕獲禁止。 |
1963年
(昭和38年) |
頭数国別割当方式へ。
南氷洋でザトウクジラの捕獲禁止。
イギリスが捕鯨中止。 |
1964年
(昭和39年) |
南氷洋でシロナガスクジラの捕獲禁止。 |
1966年
(昭和41年) |
北洋のシロナガスクジラとザトウクジラの捕獲禁止。 |
1971年
(昭和46年) |
IWC総会で捕鯨禁止発言。 |
1972年
(昭和47年) |
ストックホルムでの国連人間環境会議でモラトリアム(一時停止)採択。
IWCがモラトリアム否決。
国際監視員制度実施。
ノルウェーが南氷洋から撤退。 |
1973年
(昭和48年) |
カナダ、バハマなど捕獲中止。 |
1976年
(昭和51年) |
南氷洋でナガスクジラの捕獲禁止。
北洋でナガスクジラ、イワシクジラの捕獲禁止。 |
1978年
(昭和53年) |
IWC会議に反捕鯨団体乱入。 |
1980年
(昭和55年) |
北洋でマッコウクジラの捕獲禁止。 |
1981年
(昭和56年) |
南氷洋でマッコウクジラの捕獲禁止。 |
1982年
(昭和57年) |
IWCが商業捕鯨モラトリアム採択。 |
1988年
(昭和63年) |
日本が商業捕鯨を中止。 |
1990年
(平成2年) |
IWC総会で南氷洋海域のミンク鯨推定資源量を、76万頭で確認。 |
1992年
(平成4年) |
フランスが南氷洋のサンクチュアリ(聖域)提案否決。 |
1993年
(平成5年) |
日本各地でホエールウォッチング、ドルフィンスイム、ドルフィンタッチが盛んになる。 |
1994年
(平成6年) |
IWC総会で南氷洋サンクチュアリ化案が可決。 |